とある京大生の

独断と偏見

NHK 見えない"貧困"を見て

NHKの見えない貧困を見て、子供の将来への選択肢が奪われることは何より大きな社会問題である。それは100%同意である。その前提のもと、言いたいことは3つ

1、相対的格差、それ自体は問題ではない

2、貧困家庭の親は本当に子供のためになるお金の使い方を知るべし

3、どこまでの家庭を救済するべきか線引きが難しい

 

1、「相対的格差、それ自体は問題ではない」について

相対的格差とは、平均的所得を下回る家庭のことである。その相対的格差を取り上げることは、資本主義の否定であり、その先にあるのは社会主義だ。資本主義が絶対だとは思わない。社会主義にもいい面はある。しかしながら、相対的格差を問題視することは、資本主義を否定するくらい大きな問題であることの認識はしておくべきだ。そして、今回一番の問題となっている貧困家庭に生まれた子供の将来が奪われている理由は、相対的格差ではない。

 

2、「貧困家庭の親は本当に子供のためになるお金の使い方を知るべし」

番組の中で、こんな一幕があった。一般家庭と相対的貧困家庭とではスマホ、ゲーム、自転車の所持率は相対的貧困家庭の方が高いのである。親との連絡手段に必要と紹介されていたが、それならガラケーでよい。結局のところ、友達に貧しいとおもわれないように親が子に教育に直接関係のないものを買ってあげているその優しさによって、本当に必要な教育費、医療費にお金を回せていないのだ。とても哀しい話であるが、短期的な親の優しさがかえって長期的には子供を苦しめているのである。構造的に仕方ない側面があるとはいえ、貧困家庭が更なる貧困を生むのは、お金だけでなく、親にも問題があるという認識は大切だ。

 

3、「どこまでの家庭を救済するべきか線引きが難しい」

そもそも子育てとはお金のかかるものなのである。年収200万の見込みしかないことがわかっていて、5人子供を産めば全員に満足な教育を受けさせてあげられないことは明白だ。本当に子供のことを思っているのであれば、金銭的にも、気持ち的にも、子供を育て上げれる自信がないのであれば、産むべきではない。少なくとも私はそう思っている。子供は生まれる家庭を選べないのだから。とはいえ、そのような厳しいスタンスでは、誰も子供を産まない、産めない。そのため、最低限のセーフティーネットは国が敷くべきである。難しいのは、その線引きだ。結局そのラインを引き下げることは、富める者の税収により貧しい者の生活を助けている、つまり、間接的な富の再分配である。重要なのは、国の線引きと親の適切な家族計画である。